Never miss the train!!!

 

「決して電車に乗り遅れないで!!!」

 

のメッセージ

 

去年の夏にスワミジが来日した時にあった福岡でのリトリート、料理教室、

 

カウンセリング、ヨガ、奈良で行われたリトリート、今年の冬にインド

 

に行った時のボイスレコーダを聞いて文章に起こす作業も地道にしています。

 

 

このメッセージは奈良県の「とようけの森」で行われたリトリートの最終日にスワミジが

 

言った言葉です。(とようけの森は自然に囲まれた奈良の山奥にあるユニークな場所です)

 

 

 

私たちは70年生きるとして、そのうちの30年くらいは寝ている。あと20年くらいは、

 

子供だったり、年寄だったりする。なので、実際に活動できるのは20年くらいです。

 

私の今回の日本滞在は19日間だったが、本当にあっという間に終わってしまいました。

 

明後日、インドに帰ります。

 

1年間も本当にあっという間です。

 

私たちは一人一人が愛を持って祝福した暮らしができるように、と地球に生まれました。

 

それをよく理解して、今から今日、今回学んだ知恵を生活の中に取り入れ

 

実践して暮らしていって下さい。

 

後で、後で、今度と先延ばしにせず、今から変化を起こしていくということが大事です。

 

乗るべき電車に決して乗り遅れてはいけません。

 

その電車に乗り遅れた時、初めて、1秒、1分の大切さを知るでしょう。

 

[Never miss the train!!!!]

 

 

日本のことわざ?にも、「明日やろうは馬鹿野郎」というものがありますね。

 

変えていったり、新しい習慣を作っていくのは、勇気が必要ですし、

 

時間、お金などの手間も発生します。

 

「仕事がひと段落したら」

 

「資格をとったら」

 

と条件を上げればきりがなく、その条件が揃わないと出来ないことになります。

 

その条件がなくても、自分に必要だと思ったこと、自分が楽になることは

 

やってしまう!!!!

 

実践、生活ほど大切なものはなく、何をするにも、それが基盤にあるのです。

 

食事、運動、良質な睡眠、生活空間

 

それは、すぐに結果が出るものではないが故、早く始めた方がよいのです。

 

「カラオケに言ってスカッとする」

 

「ビールを飲んで、爽快感を味わう」

 

「甘いものを食べて満足する」

 

すぐに潤いますが、すぐに乾きを感じるため、また次を求めます。

 

山登りやヨガをすると、自分が整いますが、それさえもしなくても

 

日常生活の中で、その調整ができるようになるのが、ベストだなーと

 

思ったりします。

 

一駅分あるいて、季節の風を感じたり、食後にお散歩したり。

 

自分のケアをする時間を作って、自分に目を向けてみたり。

 

そんなことを言う私、7年前はお酒を飲みながらDVD鑑賞をすること

 

が、一週間のご褒美のようなものでした。

 

休みの日前日に、美味しそうなお酒とおつまみ、DVDを吟味し

 

夜はマウイに直行

 

ワインを買ったのに、自分で開けられなくて、泣きました(笑)

 

そして、共有ノートに「ワインを飲むためにも、開けてくれる男性が必要だ。」

 

と書きました。それを見たルームメイトが、「男がいなくても開く」

 

と、最新の開けやすいワインオープナーを買ってくれたのを覚えています(笑)

 

 

そんな私も今は、自分に対するご褒美の捉えも随分と変わったものですw

 

じゃん!これは、先日持ち寄りご飯会を行った時のワンプレート

 

日本食にスパイスを使った野菜カレーに、炒め物の組み合わせですが、とってもマッチしていました。

 

 

これは、先日ハレホオラで行われたsunday yogaのゲストに呼んでもらった時のランチ

 

shokomasayoのスペシャルコラボランチです。

 

チャパティも皆さんに作ってもらいました

 

 

 

食後は皆で「ラドゥ」と「パイヤッサム」を作ります。

 

 

それぞれの個性が出て、ふぞろいな丸がまた可愛い。

 

 

私の今のご褒美は「時間と手間をかけて美味しいご飯を作ること」

 

かもしれません。

 

 

 

shokoさんは「残さない精神」「作った物はその日の内に食べる」「作り置きはしない」

 

ことを実践していました。

 

私は実家暮らしなので、台所は預かっていませんが、この姿勢は見習いたいと思い

 

今日から毎日味噌汁を作るミッションを自分に与えてみました。

 

 

 

Never miss the train!!!!

 

何をするのも、遅すぎることはありません。

 

できることを「今」から、この瞬間からスタートするだけです。

 

アーユルヴェーダトリートメントの感想

こんにちは。

 

今日は私がオイルトリートメントを先生から習った頃から、身体を貸してくれ

 

北九州でやり始めてからも、定期的に通ってくれているYさんの感想をご紹介

 

します。

 



私がオイルトリートメントに通い続ける理由

 

 

<その1>

昌世さんの手が柔らかくて、気持ち良くてゴッドハンドを見つけた!!

と思ったので。

トリートメント中に、深い潜在意識の層に何度も入ってしまい(寝てしまい)ます。

 

 

<その2>

昌世の癒そうという気持ちからか、雰囲気が心地よくて、サロン自体も居心地の良い

空間になっているので。

 

 

<その3>

毎回、来る度に新しい技を取り入れた進化をとても感じるから。

昌世さんがインドに勉強に行かれたり、インドのアーユルヴェーダドクターが

作ったオイルを使われているのは、他のエステやサロンと大きく違うので

1〜2か月に一度は通っています。

 

 

<その3>

丁寧なアドバイスが後日はメールで届くところ。

自分では分からない変化を敏感に感じて対処法までアドバイスがあるので

メールが届くのが待ち遠しいです。

 

私にとって欠けがえのない存在なので、どうか末永く続けて欲しいです。

 

天性の才能です。

 



「欠けがえのない存在」「天性の才能」だなんて、嬉しすぎます・・

 

でも、私もYさんの身体を通して、自分の中の研ぎ澄まされた

 

感覚に気づいたのでありました。

 

「顔では笑っているけど」「口では〜言っているけど」

 

本当かな?と思ったことはありませんか?

 

 

スワミジ(アーユルヴェーダの伝統医)は必ず脈診をします。

 

人は、良く見せようとしたり、悪く見せようとしたり、期待を込めて

 

過剰に反応する場合や嘘をつく時がある。

 

それは仕方がないことで、問診ほど当てにならないものはない

 

ナーディ(脈)は嘘をつかないから、信頼性がある、と。

 

(ナーディについての詳しい話は、過去のブログをどうぞ)

 

私はナーディは見れませんが、何故か触ることで、何となーく分かる

 

ことがあるんです。

 

この何となーくが重要で、ここをはっきりさせたい!

 

と思わないことがミソのような気がします。

 

私が分かるのは、身体を通して感じるヒントだけ。

 

修行を積んで、一生かけたら、もしかしたら分かるようになるのかも

 

しれないけれど、分かったところで、どうすることもできません。

 

こじ開けれたとしても、その後のフォローまではできないし

 

開くのは、コントロールしていくのは、「その人」しかできません。

 

 

 

「身体」に触れることで、それを感じます。

 

筋肉の硬直、血液の滞りがあるとしたら、ある部分の「心」や「思考」「マインド」

 

に原因があります。

 

(もっとその奥の無意識、潜在意識の層かもしれませんが・・・)

 

その根本原因は、自分で調べ上げて浄化していく他ありません。

 

ただ、それの手助けになるような具体的なアドバイスはできます。

 

それは、このマントラを唱えなさい

 

この宝石、色を身につけなさい、瞑想をしなさいという類のものでもありません。

 

(瞑想は確かに効果的ですが、見えないものを扱うのは難しいです)

 

アーユルヴェーダもヨガも科学です。

 

「実践の科学」

 

その為(心と身体を繋げるため、浄化するため)に、食事療法、浄化療法

 

強壮学(オイルトリートメント)

 

アーサナ(ポーズ)、呼吸法等があります。

 

 

 

 

トリートメントをする一番のよい点は【自分を知れること】

 

これに尽きると思います。

 

「自分」

 

あなたが思う「自分」、周りの人が思う「自分」ではなく

 

そのまま、ありのままの自分

 

「ヴェーダ」や「ヴェーダンタ」が言葉を使って、真理、無音、不変の状態

 

に辿り着くものだとしたら

 

言葉を使わずにその場所を感じられる手段の一つのような感じ。

 

(同じカテゴリーにあるものは「瞑想」「催眠療法」とかここら辺)

 

私が行うオイルトリートメントは無意識や潜在意識に働きかけるような

 

トリートメントです。

 

もちろん、確実に変化していきます。

 

しかし、時間がかかります。今までの思考や行動が邪魔しますからね。

 

それでも、大丈夫

 

ゆっくり焦らず、自分のペースで

 

 

お散歩中に見つけたお花

 

 

何の花だろう〜

 

春は歩くだけで、満たされます。

昼下がりヨガ@ベラミ山荘

ベラミのお庭でヨガ@2018

 

今年もベラミのお庭を十分に堪能するヨガを春(昼下がり)、

 

夏(早朝)、秋(夕時)に開催します。

春の昼下がりヨガは5月6日(日)ゴールデンウィーク最終日の14時〜15時です。


ヨガマット不要!


日差しが強い可能性大なので、帽子や日よけ、カーディガン等を気になる方はお持ち下さい。

 

ベラミ山荘、それは不思議な空間
最近テレビで取り上げられたり、ガラクタ市やイベント等が開催されていますが、

私はそのずっと前から知っていて、目をつけていたのですよ!!
(何故か誇らしげw)

 

人の溢れるベラミもいいですが、誰もいないお庭はまた格別なのです。


しかも、ベラミファンの庭師がほどよ〜く(ここ重要)庭のお手入れをしてくれているので、

生き生きとした姿を楽しめます。

 

気づいたら5〜6時間でも平気でいられる、ぼーっとできる不思議な空間


ベラミのお庭でヨガ・・・・
これぞ、ヨガの神髄だと密かに思っています。
(ええ、マット不要ですし、ポーズはとりませんけど!!w)

 

ベラミのお庭については、私の過去のアメブロをご参考に。
https://ameblo.jp/pukkpakka/entry-12279539174.html

 



 

《春の昼下がりヨガ@ベラミ山荘》
〇日にち 5月6日(日)
〇時間  14時〜15時
〇料金  2000円
〇定員  10名

 

ヨガ後はチャイ又は、お菓子をお出しします。
それを楽しみながら、お庭で思い思いの時間をお過ごしください。


お友達とのご参加、お一人でのご参加(私的には、こちらの方が楽しめると思います)

大歓迎です。
お気軽にお問合せ下さい。


直接のメッセージ、またはメール(pukkapakka57@yahoo.co.jp)にて申込受付ます。

 

どうぞ、よろしくお願い致します。

スワミ・ヴィヴェーカナンダ

さてさて、今日はスワミ・ヴィヴェーカナンダさんの講演の中から

 

とある一節をご紹介します。

 

前回のヨガスートラのブログで、無知】は煩悩の大部分を占めるとお話しましたが

 

その無知の根源にあるものについて、ヴィヴェーカナンダ師が触れています。

 

 



 

われわれ不死なる者、つねに清らかなる者、完全なる霊が自分たちは

 

小さな存在である。自分たちは小さな肉体である、と思うこと

 

これが全ての無知の根底です。

 

それが全ての利己主義の母親です。

 

自分は一個の小さな肉体だと思うや否や私は他の身体を犠牲にしても

 

それを保持することを、それを守ることを、それをよい状態に保つことを

 

欲します。

 

あなたと私は離れ離れになります。

 

全てわざわいの扉を開き、全ての不幸へと導くのです。

 



 

自分の価値がないもの、もしくは小さいものだと思うと、

 

それを補おうとしたくなります。

 

そして、その鎧(よろい)をまとった自分、価値ある自分を必死で守ろうと

 

します。

 

そんな状態になっている時は、周りが、本当の自分が見えていません。

 

これが「無知」の状態

 

ちなみに、前回のブログのハヌマーンも、最初は「無知」の状態でした。

 

自分のことを小さいものだと思い、誤認知していたんですね。

 

でも、その状態に気づいたことで、忘れていた本当の姿を取り戻すことが

 

できました。

 

どうやって?

 

仲間の賞賛に耳を傾けた、「自分が価値あるもの」だと「小さな存在ではない」

 

と信じたからです。

 

 

そうすることで、誰しも新しい自分の発見

 

もしくは、忘れていた何かが蘇ってくるんじゃないかな〜

 

と思います。

 

今年は、お花見を沢山して、春を満喫していますが、去年はそれどころでは

 

なかったです。

 

自分の将来のこと、これからのことを考えると一気に不安がやってきて

 

桜を楽しむ余裕なんてありませんでした。

 

去年の私は、自分を小さな物だと思っていましたからね。

 

利己的に考えて、仕事や物、私が思い描いていた理想の「私らしさ」

 

にすがったり、守ったりして、つまらん行動をとっていたものです。

 

綺麗な桜、散りゆく桜を見て、目の前に映る世界は自分の内側を映しだす

 

ものだと、つくづく思います。

 

 

 

 

今日から新しい年度のスタートです。

 

別れや新たな出会い、環境の変化があると思いますが

 

全てを前向きに楽しんでいきましょう〜

 

新しいスタートです。

 

早いな〜。

 

ヨガ教室の感想

今日はヨガ教室に通ってくださる方の感想をお届けします。

 

その方は去年から教室に来て下さっていますが、どんどん気持ちよくなって

 

いく様子が見ていて分かります。

 

ヨガって、ほんとその人自身だなぁ。それぞれの生き方、感じ方が

 

分かるな〜と、私も皆さんご一緒させてもらうことで、多くの気づきや

 

学びがあります。

 

皆さんと一緒にヨガができて、私は幸せです〜。

 

いつもありがとうございます。

 

 

 



 

私はヨガ歴1年になりますが、きっかけは子宮体ガンの闘病でした。

 

もともと介護の仕事をしていましたが、一昨年子宮体ガンが発覚し

 

子宮全摘出施術、その後半年近くの抗がん剤治療が必要な為、会社を

 

退職しました。

 

手術後、一ヵ月ほど経ち、抗がん剤をスタートしました。

 

初めは、吐き気や痛みなど色々な副作用に、ほぼ寝たきりの生活でしたが

 

治療の半ばを過ぎる頃くらいから、副作用にも慣れ、少しずつ動けるようになり

 

体を動かしたり、外に出たい気持ちがわいてきました。

 

体のことを考え、軽い運動(まだ副作用は続いていたので本当に軽い運動を・・)

 

を探していました。ヨガ教室は、抗がん剤を始める頃から、色々と見学に行って

 

みたりと、気になってはいたものの(皆さまの感じる方も多いと思いますが)

 

「おしゃれな感じ」「宗教的」「ついていけるのか・・」ましてや

 

副作用で髪の毛もなく、体の痛みもあり、その場に馴染めるか、通っていけるのか

 

少し、敷居が高いかも・・と感じていました。

 

そして、抗がん剤終了後、髪の毛の生え始めた頃、よく行くスーパー銭湯で

 

ヨガのチラシを見かけました。(確か手書きのくまさんの絵のチラシでw)

 

いかにもアットホームな雰囲気のチラシだったので、「通いやすいかもしれない!」

 

と思い、思い切って電話をして、体験に行きました。

 

先生も穏やかで話しやすいし、家からも近く、とても続けやすそうな気がしました。

 

そして、いつも町内の公民館での教室というところが、私的には気軽でいいな〜と。

 

 

それから1年

 

初めは副作用も残っていて、ずっと動かしていない体を動かすのはとても大変でした。

 

とてつもなく固くなっていて・・・

 

でも大変だけど、気持ち良さは少しずつ確実に増えていきました。

 

これが、普通の方だと、私よりもっと早く気持ち良さを実感できると思いますが・・

 

副作用が落ち着き、色々なポーズ、呼吸

 

きちんと慣れるまで週1〜2回約半年ほどはかかりましたが、その当時の日記を

 

見ると、ヨガ開始から一ヵ月後には、気持ち良いと思っていました!

 

続けていると、呼吸の深まり、ポーズの深まりを感じることができ、

 

本当にそれが気持ち良く、週1〜2回が、いつの間にか(時間がとれる時期は)

 

週4〜5回のペースで行っていました。

 

教室に通えない時は、先生に教えてもらった流れの中のポーズを自分でチョイス

 

して1〜1.5時間ほど・・・2時間の時もありました!

 

これが、メンタル面のバランス、体の目覚めに効いているようで、一人の時も

 

終了後、穏やかになり、ハーブティやくず湯などの温かい飲み物でリラックスして

 

満喫しています。

(びっくりするくらいストレスも軽減されます)

 

そして教室にもきちんと通い、今度は先生の誘導に身を任せて動き、新たなポーズ

 

なども取り入れ、自分で行う時より、より集中できるので、とても大事な時間です。

 

初めは分からなかったチャンティングなども、体感しないと、きっと分からなかった

 

と思います。

 

体で感じることが一番だなぁ・・・といつも、つくづく思います。

 

私にとってヨガの時間は、今ではとても大切なイベントになりました。

 

日々の生活に追われたり、色々な出来事の中でヨガの時間は、

 

しっかり自分と向き合えたり、自分をきちんと感じる、自分を見失わずに

 

幸福感を感じられるひとときです!!!

 

毎回終了後、「気持ち良かった〜〜〜〜〜っ!!!」

 

と、どうしても口にしてしまうほどです。

 

穏やかな時間や気持ちに繋がっているのは、間違いなくヨガだと思います。

 

教室に通われている皆さまもアットホームで、何だか「家にいるのか?」

 

と思えてしまうほどです。

 

本当にいつまでもヨガを続けていきたいなあーと切に思っております!!!

 

 



 

この方が見たチラシはこれ(左上)

 

ワードとエクセルでチラシを作っては見たものの、疲れるし、全然私っぽくないし

 

フリーハンドで一気に仕上げたものでした。

(これが、心に響いて電話くれてたなんて、嬉しすぎます。)

 

普通の方の方が気持ち良さを実感できると思いますと、感想をいただきましたが

 

そんなことはありません。

 

病気というと何だか特別なことのような気がしますが

 

病気が表面に出てくる、ということは、昨日起きたことではない

何十年積み重ねてきたことが、現れたにすぎない。

 

見えないものが、見えてきた状態(見ざるおえない状態)

 

そして

 

不調が表に現れているとしたら、「私の方を見て〜」という体からのサイン

 

それに耳を傾けるか、傾けないかは自分が決めることですが、ヨガをしていると

 

意識が内側に向くので、その声をキャッチしやすくなると思うんです。

 

「気持ち良さ」を感じることができたのは、意識がそこに向いていたから

 

自分で向けていったからです。

 

ご自身のことも赤裸々に語って下さりましたが、きっと同じような方の

 

力になりたいという気持ちがあってだからと思います。

 

持病をお持ちの方は事前カウンセリング時にお話しをお聞かせ下さい。

 

この方の場合は、主治医の許可をとっていただいてスタートしました。

 

できる限りの配慮はしますが、区別はしません。

呼吸法やポーズもあったやり方、負担なくできる方法をお伝えします。

 

 

 

叙事詩ラーマ―ヤナ

おはようございます。

 

雨もあがり、ようやくお日様が顔を出しました。

 

昨日、舞鶴公園の桜のつぼみはもう咲いていました。

 

満開になる日も近そうですね。いよいよ、春だな〜。

 

 

さてさて、今日は「気づくこと」「認識すること」の重要性をお伝えしていきます。

 

ヨガでは「認識できれば問題の半分は解決できたも同然である」

 

という考え方がありますが、どういうことかと言うと

 

何か問題を解決する上で、そこで問題となっているものを認めること自体がすぐには

 

行われないことがあるからです。

 

だいたい、他人や物、環境、自分のせいだと思って、感情的になって、疲れてしまいます。

 

「自分に問題がある」と思う事と「問題を認識すること」は全く違います。

 

「問題を認識すること」は、自分と引き離して、「問題自体を客観的に認めること」

 

なので、自分を責める必要は全くもってありません。

 

ここで、インドに伝わる物語を少しご紹介します。

 



 

猿族バラナの王スグリーヴァは悪魔に誘拐されたシータ姫を探し出すために

 

キシュキンダの地から幾つもの猿のグループをインドの各地へと送り出した。

 

その猿族バラナの中でも特に優秀なアンガーダやハヌマンらのグループは南に

 

向かい、インドの最南端の地に達したのである。

 

ハヌマン達は魔王ラーヴァナがその大海原の先のランカの地にシータ姫を虜

 

にしているのを知っていたのである。ところがハヌマン達は、この大海原をど

 

う渡ってランカに辿り着き、シータ姫の消息を確かめたらよいか考えつかず

 

途方に暮れてしまっていた。すると突然、若い猿が2メートル近くも飛び上がり

 

続いて次の猿もそれより更に高く飛び上がって見せた。そこに居合わせた猿たちが

 

それぞれに自分の強さを誇示して見せたのであるが、アンガータの番になった時に

 

彼は「ランカまで飛んでいけるかもしれないが、果たして再びジャンプして戻って

 

こられるだけの余力が残せるかどうか分からない」と言ったので、他には良い案

 

もなく、全員が途方に暮れてしまったのである。

 

窮地に陥ってしまった猿たちを見て、ジャムバヴァンという年老いた熊が次のように

 

提案した。「君たちの中にハヌマンがいるのに何を悩んでいるのだ?

 

彼は無敵の力を持ち合わせているではないか。しかし、ハヌマンは子供の頃にかけられた

 

呪いのために、自分の強さを忘れてしまっている。どうしてそれを思い出さないのか?

 

思い出しさえすればハヌマンが上手く問題を解決してくれるはずだ

 

バラナの猿たち全員は、自分の持てる力を知ることがない故に自分は非力なのだと

 

錯覚しているハヌマンの所に直ちに駆けつけた。こうして、ハヌマンは長い時間を

 

かけて真の自分自身を再び見つけ出し、仲間たちからの賞賛を受けたのちに、

 

深い沈黙の中で座して、自分自身の内なる意識の中から類まれなる強靭さを

 

引き出したのである。

 

その結果ハヌマンの体は見る見るうちに巨大な姿に膨れ上がり、やがてあれほど

 

渡るに困難であった目の前の大海原を飛び越えて、ランカの地にあってシータ姫

 

が深い悲しみの中で操を守り通しながらもまだ生存していることを知るに至った

 

のである。そしてハヌマンは、魔王ラーバナの心の中に怖れを湧き上がらせると

 

共に、シータ姫の夫であるラーマ王子への姫からの変わらぬ愛のあかしとして渡された

 

チョーダマニ(宝冠)をたずさえて、キシュキンダの地へと戻ってきたのである。

 



 

ハヌマンとは、インドの神様の一人でお猿さんの神様

 

アシュラムのヨガルームには、正面の真ん中に大きなハヌマンの絵が飾ってあります。

 

そういえば、私が初めてプージャの儀式をしたのも、

 

南インドで有名な大きなハヌマンのお寺だったな〜。

ちなみに、そのお寺の外観がこれ

 

ハヌマンは画像を検索してみたけれど、好みの画像がなかったので

 

気になる方は、自分で探してみて下さい。

(絵のタッチも色々あって面白いですよ〜)

 

 

少し話がずれましたが、ハヌマンは最初、自分のことを誤認知していました。

(赤の記述)

 

私たちの価値観や物事の考え方、無意識の領域は7歳の頃までの人間関係

 

や環境で出来上がります。

 

記憶というのは、事実+感情が結びついて、保管されています。

 

そして、その事実がゆがめられて受け取っていたり、感情だけが先だっていたり

 

します。(自分の都合の良いように、勝手に判断されて保管されている)

 

そこの結びつきを解放していくことで、ハヌマンは自分に内在する力に気づきます。

 

方法は、瞑想です。(黒字で下に線がある部分)

 

体からのアプローチでいくと、緊張と弛緩を与えること

 

アーサナ(ポーズ)や呼吸法になります。

 

(もちろん、思考を整理して行動を改めるというのも、有効と思いますが

それは、とても高度な技だと思うのです。同じ頭で考えてみても、同じ結果しか得られない

というのが、私の実感w

しかも、ヨガは無意識、純粋意識と表現される層にアプローチできるところが

画期的!!!)

 

気づいたハヌマンは、すぐに本当の姿、力を手に入れることができました。

 

「気づく」こと、問題をきちんと認識することは、とっても大切

 

でも、何故ハヌマンが気づけたのかというと・・・・・・・・・

 

仲間の猿たちからの賞賛があったからでした。

 

その仲間の声に耳を傾けて、「自分を信じてみた」

 

から、自分の誤認知にも気づけたのです。

 

私の内なる力を発掘してくれたのは、私以上に信じてくれていたのは

 

Yさんです。

 

彼女が見つけてくれたものを信じて

 

ヨガやアーユルヴェーダを通して、自分自身と向き合えました。

 

彼女がいなかったら、今の私はなかっただろうな〜と思います。

 

 

私自身も

 

目の前にいる人の内なる力を引き出せるような人でありたいと

 

思うのです。

 

もちろん、ヨガとアーユルヴェーダという偉大な智慧をツール(手段)

 

に使って。

 

経験=真実

 

これが、私の持つ強みだと思うのです。

 

持ちよりパーティー

4月15日(日)に持ち寄りパーティをやります〜。

 

ヨガの前後で皆さんとお話をする機会もありますが

 

あんまり時間はないし、

 

何より参加して下さっている方々同士のやりとりが重要だったりするなー

 

と思っていました。

 

そして、何より皆で集まって、美味しくご飯を食べたい〜

 

 

持ち寄りということで、まずは食事、野菜料理一品

(もっと作れるわ〜という方は2〜3品作ってきてもらって結構です。

むしろ、嬉しいです)

 

あとは、「今の自分に必要じゃないもの」

 

私は3年前くらいに、自分に自信がなくなって、血の迷いでブランド物の

 

ワンピースを購入しました。(着るあてもないのに)

 

買った瞬間は満足しましたが、それを着ることで自信がついたかというとノー!

 

むしろ、見ると違和感が募るので、一度も袖を通してないという・・・

 

あとは、気に入っているから大切にとっているけど、もう着ないかなという服

 

、髪留めなんかがあるかな〜。

 

春は溜めていたものを溶かして、軽くする、動きやすくする季節

 

体もそうですが、身の回りも断捨離して、新しいもの、変化を受け入れられる

 

態勢を作っておきましょう。

 

「今の自分に必要じゃないもの」はある人だけで構いません。

 

ただ、これはいらないかな?持っていくと失礼かな?

 

いらない判断をする必要はありません。

 

少しでも思い入れがあるもの、大切にしていたものなら、何でもオッケーです。

 

趣味で作った小銭入れ、絵、等でも◎

 

あなたにとって必要じゃなくなったものも、他の誰かにとっては必要なもの

 

かもしれませんからね。

 

当日は、皆でわいわい楽しい時間を過ごしたいと思います。

 

 

 

以下詳細です。

 

日にち   4月15日(日)

時間    12時〜15時

場所    片野つどいの家

      北九州市小倉北区片野3−13−8

       モノレール片野駅より徒歩3分 西鉄バス 片野2丁目バス停より徒歩3分

 

料金    500円

 

私は当日、春にぴったりなカレー数種類を作っていこうと思います。

(持ち寄り料理はカレーじゃなくて、構いませんよ)

 

お子様づれ、旦那様や彼氏・彼女さん、初めましての方々も大歓迎です。

 

参加ご希望の場合は、pukkapakka57@yahoo.co.jp

までご連絡下さいませ。

 

皆様のご参加、心よりお持ちしております♡

 

 

ヨガスートラ第二章

おはようございます。

 

今日はヨガスートラ第二章(サダーナ・パーダ)について少し読み解いて

 

いきたいと思います。

 



供治気砲蓮

 

無知とは有限、不浄、苦、非我のものを、無限、浄、楽、真我

であると思うことである。

 

とあります。

 

仏教では煩悩は108あると考えられていますが、ヨガではたった5つ

 

その5つの中に無知が含まれていて、無知はその他の4つの煩悩の根源です。

 

そう言えば、スワミジはインド(ヒンズー教)には「罪」という概念がない、

 

「知らなかっただけ」「間違っただけ」なのに、「罪」という言葉を使うと

 

その人のパーソナリティを傷つけてしまう。

 

「罪になるから〜はしてはいけない」という考え方はナンセンスで

 

反対に「〜をすると幸せになれる」「〜は祝福で満ち溢れている」

 

と考えるんだと言っていました。

(だから、インドの物語は最後は全て、パッピーエンドで終わるそうです。)

 

 

 

さてさて、本題に戻りますが、

 

有限のものを無限と思う。

 

限りあるもの、例えば、私たちの命、お金、若さ、自然をずっとあるものを誤解する

 

ということです。

 

日本のことわざにも「いつまでも、あると思うな、親と金」とありますね。

 

不浄を浄と思う。

 

ここで言う、「不浄」とは、なまけてしまうこと、努力を怠ること

 

「浄」とは、頑張ること

 

お金がないから、貧乏だから、親が〜だからという環境、条件に対して

甘えてないか、ということ

 

〜だから仕方ない、で終わる場合は「不浄」

環境を受け入れ、嫌がらずに動く場合は「浄」

 

日本のことわざで言うと「貧乏、暇なし」になれているか、ということかな。

(善し悪しの判断なく、そうすればいいだけというニュアンスです)

 

 

苦を楽と思う。

 

これは、一瞬の楽を味わうために、苦しんでいないかということです。

(苦と楽のご認知)

 

例えば、お酒を飲むと一瞬、楽しくなりますが、アセドアルデヒドという毒が出ます。

 

 

 

非我のものを真我だと思う。

 

自分じゃないものを自分と思うということです。

 

あなたの手は自分ですか?

あなたの心は自分ですか?

あなたの顔は自分ですか?

 

手はあなたから見えているから、自分ではないのです。

 

変わりゆく心は、自分ではないのです。

 

20年前の自分と今の自分は同じですか?

 

「自分とは何か、何者なのか」というのをヨガでは見ていきますが

 

上にある自分ではないものを自分だと思うことで、それを守ることに

 

必死になったり、振り回されたりしてないか、ということです。

 

(例えば、いつまでも若い頃の自分でいたいと思い、顔に注射をしてみたり

無理をした言動をとってしまうとか。)

 

 

皆さんは、上記にあるような勘違いをしていないですか?

 

もし、今貴女の頭を悩ませていることの原因が、このような勘違いにの上に成り立っている

 

としたら、「知らなかった」から仕方ないこと。

 

少し、深呼吸して、何でそう思うようになったのか?

 

整理してみてもよいのかもしれません。

 

 

自分のセルフイメージはどこからきているのか。

 

 

オリンピックなどで失敗する選手は、自分のセルフィイメージがしっかりできていない

 

人が多いようですが、

 

私たちのセルフイメージは母親との関係からきています。

 

「娘の前では父親の悪口は言ってはいけない」等

 

子育ての極意みたいなものがありますが

それは、その時の関係性がその後の人間形成に大きく関わってくるからです。

 

 

でも、大もとのセルフイメージはスピリチャリティ(宗教性)からきています。

 

もし、今のセルフイメージが揺らいでいたとしても、

 

それは建て直し可能ですから、ご安心を。

 

 

今日も良い一日をお過ごしくださいね。

 

 

 

 

 

 

ベジタリアン(菜食主義者)なの?

前回のブログを受けて、色々な方に「大丈夫?」「大変だったね。」

 

と声をかけていただきました。

 

そして、ここ最近頻繁にアップしているInstagram(インスタ)の効果?

 

なのか、「ベジタリアンなの?」「お肉やお魚、普通のお菓子は食べないの?」

 

と聞かれます(笑)

 

 

普通のお菓子も食べるがな(チョコレート、おぜんべい大好き)

 

唐揚げも食べるがな

 

魚の煮つけや塩焼きも大好きです。

 

 

一昨年くらいは、インドから帰ってきて、ほぼほぼ完璧なベジタリアン

 

になっていました。

 

お肉もお魚もノー!!!

 

家族と食事のメニューも別にして、自分の分だけ作って頂いていました。

 

しかし、家族は私の選択に理解ができないようで

 

「肉、魚を食べないと栄養が偏る」「そんなことしたらいけん」

 

「そんな料理ばかり作ってたら、結婚できんぞ」

(これ、なんか違う気がするけどと思って、一番ムッとしましたw)

 

最初は反抗心で「キー!!!!」となっていたのですが、ある時から

 

味方を変えました。

 

私はこれがいいと思ってやっているけど、分かってもらえるはずないな

(生きてきた年代、過程が違いますからね。)

 

家族のコメントに対しては「そうだね。」と全肯定

 

自分の分だけ作っていたものを、家族の分も作って「もし良かったら食べてみて」

 

と差し出してみました。

 

最初は食べるのを躊躇していましたが、段々と食べてくれるようになりました。

 

私も最初は野菜カレーばかり作ってましたが、タンドリーチキンやチキンカレーも

 

作るようになりました。

 

「こうじゃなきゃいけない」と思っていることは、以外に何の根拠もなく

 

勝手に自分の中だけで決めつけていることだったりします。

 

この時は「野菜を食べた方がいいに決まっている」

    「肉や魚を食べた方がいいに決まっている」

 

そのバリアをとっていく鍵は”自分の体に聞いてみる”ということ。

 

アーユルヴェーダの哲学では、頭で考えたことよりも、体で感じたことを

 

優先する、信じる方がよい。一見、合理的でない選択のように見えるけど

 

宇宙の創造、自然の原理を考えると、そちらの方がよっぽど有効だと言える。

 

と考えます。

 

だから、人を説得というか、改めさせる時、口で説明しても、あまり効果がない

 

ことが多いです。

 

私が野菜を食べることの意味を説明しても、分かってもらえなかったですが

 

実際に美味しい野菜カレーを食べると、美味しいから(体が必要としているから)

 

食べちゃうんです。

 

私もそれは同じですね。

 

お腹が減ってる時、唐揚げを食べると元気になります。

 

疲れた時、甘いお菓子を食べると、体が満足感で満たされます。

 

体験してみること、そして心地よいか、心地よくないかで判断するのが一番

 

 

「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ」

 

 

と日本の名言にもありますが、やってみて、体で実感してもらうことが一番なんです。

 

ベジタリアンにこだわっていた時は、かなり頭でっかちになった時でした。

 

私がインド人で生まれ、菜食主義やスピリチャリティーの考え方が根付く土地

 

で育ったとしたら、アーユルヴェーダに基づく生活を選択することは難しくはないはず。

 

ただ、育ってきた過程や環境、自分の性格を考慮すると、完璧にすることは

 

返ってストレスを生み出します。

 

ストレスを軽減することをするために、別のストレスをかける。

 

それは、全くもって意味がないですよね(笑)

 

そんなこんなで、ある時から食事へのこだわりを捨てました。

 

自分のその時の体調や体質を考慮したものを、食べるようには意識していますがね。

 

例えば、この胃腸が弱っている時に、牛乳(私は苦手)、肉、魚、パスタ、乳製品

 

は控えていますが、よーく動いた日、腹ペコになった時は食べたりしています。

 

 

ベジタリアンだった時と今の差を上げるとするなら・・・・・・・・・・・・・

 

「頭を洗う回数が減った」

 

ということ。皮脂が溜まらないからでしょうか?3日くらい頭を洗わなくても匂いや

 

かゆみも気になりませんでした。

 

あとは「便の様子」肉や魚を食べない=穀物を多く食べていたからだと思いますが、

 

するんとした、水に浮くような軽い便が出ていました。

 

この便に関しては、食事に気を付けて意識すると、今でも出ますけどね。

 

 

それにしても、この体調不良は「頑張りすぎてるよ!!」「ちょっと休みなよ」

 

のサインだったのかな、と思います。

 

福岡は来週、再来週に桜が開花するようですね。

 

お弁当を持ってお花見、まだ少し寒さが残るこの時期、温泉にでも出かけてみよう

 

と思います。

 

どうぞ、皆さまも、温かくなってきた春を楽しんで下さいね。

 

 

 

 

 

 

【蘇生】自主上映会@福岡、和白

白鳥哲監督映画 【蘇生】自主上映会のお知らせ

 

2011年3月11日、東日本大震災、そして福島原発事故
放射能汚染が進む土壌を「微生物」たちの力をかりて“蘇生”していくドキュメンタリー映画です。


微生物たちの力を利用することで土壌の放射性セシウムの量が4ヶ月で75パーセントも減った。
汚染をいい方向に転換させる技術
“蘇生力”について、地球を蘇生させる挑戦者たちの証言をもとに紐解いていきます。

 

白鳥監督の映画は、生きることの真理に触れていくような作品が多い気がします。
何を紐解いていっても、結局全部一つに繋がっているからかもしれませんが、

より良く生きるヒントをもらっています。


そして、私は映画の中の音楽にも言葉と同じくらい胸をうたれます。
同じ表現者として(とか書いたら恐れ多いけど、私にとってヨガやアーユルヴェーダはそういうもの)
目や耳から訴える映画って、すごいなーと思います。


私は朝ヨガ後に行こうと思います。
タイミングが合う方一緒に鑑賞しませんか?(事前申し込みだと500円お得のようです☺️

詳しくは詳細をご参考下さい。

 



 

【名称】白鳥哲監督作映画『蘇生』自主上映会in福岡(白鳥哲監督の中継挨拶あり)


【日時】平成30年4月28日(土)13時半開場、14時上映開始、16時終了


【場所】コミセン和白「多目的ホール」
〒811-0213 福岡市東区和白丘1-22-27


【参加費】¥1500(前売り)¥2000(当日)、小学生以下無料


【申し込み方法】budouno-eda27@jcom.zaq.ne.jp

上記のメールアドレス宛に仝飜樵亜淵侫襯諭璽燹豊▲瓠璽襯▲疋譽広E渡暖峭

せ臆耽与ソ蚕蠅鯡正の上、送信下さい。

 

参加費の事前の入金にご協力お願いします。

 

お振込み先はお申し込み時にお問い合わせ下さいませ。

 

どうぞ、よろしくお願いいたします。