サンスクリット語の勉強会@マウントヒルスタジオ

先月から福岡のマウントヒルスタジオであるメーデみちか先生の

 

サンスクリット語の勉強会に参加しています。

 

スワミジの話を聞いて、私は何にレア(調和)するんだろう?

 

と考えてみたら「振動」でした。

 

昔から花火が好きだったけど、それは「どんっ」という体への響きがあるから

 

音楽、マントラも好きだけど、それは、それを通して響く空気や体に反応するから。

 

鳥の鳴き声や風の音も好きだけど、それも同じ理由でした。

 

だから、サンスクリット語だ!!と思ったのですが、参加してみたら

 

自分のイメージするサンスクリット語の理解と実際が全く違いました(笑)

 

もちろん、いい意味で期待が裏切られた感じです。

 

 

サンスクリット語で書かれている書物に「ヴェーダ」「ヴェーダンタ」と

 

呼ばれる物がありますが、ヨガの教科書のようなものの一つです。

 

この2つは、自分の本質を知る手段が書かれているものです。

 

と言われても、なかなかピンとこないですよね。

 

 

人は誰しも幸せになりたい、と思っています。

 

そう願っていない人間はいないでしょう。

 

その為に、お金を稼ぎたいし、綺麗でいたい、結婚したい、etc

 

上げればきりがない、願望があります。

 

では、貴女はどんな時、幸せを感じますか?

 

子どもを産んだ時、好きな人と一緒にいる時、温泉に入った時

 

だいたい

今の自分の境遇や役割を忘れられる時に幸せを感じるものです。

 

いつも外側(年収、性別、母親、外見等)にとらわれているセンサーが

 

緩んだ時、外に向かなくなった時に感じるんです。

 

仕事で着ている制服を脱いだ瞬間、メイクを落とした瞬間

 

ほっと気が休まるという経験は誰しもあるはずです。

 

 

私たちの体は常に変化する社会の中で生きていく為に、

 

目や耳、口、鼻など外に向く五感、頭が発達しています。

 

例えば、

ヨガのアーサナや瞑想、トリートメントがを使って

 

外向きのセンサーを内側に集中させるものだとしたら「ヴェーダ」「ヴェーダンタ」は、

 

言葉を使って、そのセンサーを内側に集中させていきます。

 

人は何故生まれたのか?幸せとは何か?死とは何か?

 

少し哲学のようなものになってきますが、これを丁寧に紐解いていくのです。

(ちなみに、前回のブログで上げた

「アムリタ」はこれをふわっと説いているように思います)

 

 

サンスクリット語を学ぶとは、つまりこういうこと。

 

言葉や知識を用いて、自分の中の宝石に近づいていくということ。

 

この宝石の部分は、「本当の自分」「真我・アートマン」

 

「感性」「純粋性」「潜在意識」等々

 

理解しやすいようにどうぞ。

 

 

という訳で、ずっと発音練習、もしくはマントラを歌い続けるのかな?

 

なんて思っていましたが、頭を働かせる内容でした。

 

これまでの積み重ねがあったおかげで、理解を深めることができています。

 

 

この勉強会は、夏まで続きますが、ヴェーダンタやマントラの理解を深め

 

皆様にお出しする引き出しを増やしていきたいと思います。

 

 

イクミット作の花束

 

生きている。そのまんまが美しいです。

 

スパークリング!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

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