アムリタ

 

アムリタとはアーユルヴェーダでいうところの「オージャス」(生命力)

 

のようなもので、日本語で訳されると「不死酒」

 

ヨガのポーズの中には、ある特定のマルマを刺激して、このアムリタを

 

自分の体の中で作り出していくものもあります。

 

(今でいうと、インシュリン、アドレナリン、メラトニンといった内分泌腺

のようなもの)

 

さてさて、今日のお題は、このアムリタではなく

 

よしもと ばななさんの著書「アムリタ」についてです。

 

タイトルに惹かれて読んでみましたが、、「おぉ!!!!!!!」

 

という感じでした。(語彙力ないなー)

 

アーユルヴェーダやヨガの本を読みあさり、”先生”と言われる人の

 

話を聞きに出かけ、自分のパーソナリティと照らし合わせながら、理解して

 

きた色々なことが、この一冊に”なんとなーく”の残像のような形で表現されて

 

いるではありませんか!!

 

ネタばれにならない範囲で書きますが、「死」をテーマに扱うことは「生きること」

 

を扱うので、当然のことなのかもしれません。

 

しかし、まあ。専門用語を使わずに

(専門用語は難しく、理解に苦しむため、自分の分かる物に繋げる作業は大変)

 

濃い愛らしいキャラクターたちのやりとり

 

大自然の情景を言葉だけで、それと同じものを伝えられる小説家って、すごい!!

 

と大興奮でした。

 

 

 

主人公は、自分の中にある「宝石」のおかげで、

 

幻とも言える世の中を生き抜いています。

(恋人も家族も、今ある記憶も、次の日もそこに用意されているという

保証はなにもありません)

 

時に、一時の感情(喜び、悲しみ)、行動(笑い、泣き、怒り)に身を投じますが、

 

それと一つになりつつ、そんな自分をどこか「ゆらぎ」の中に見ています。

 

 

自分の中にある宝石は、誰しも持っていますが、それに気づかない人と気づく人

 

見ようとする人と、宝石が入っている箱をそれだと思う人がいる気がします。

 

その宝石は”子どもの頃からあったもの”で大人になると忘れてしまうもの。

 

目に見えないものなので、表現に困りますが、ある人は「素直さ」「感性」「智慧」

 

というかもしれません。

 

ヨガの中では、それを「真我・アートマン」と言ったりします。

 

それは、メーデみちか先生が言っていた、他の動物にはなく、人間だけが持っているもの

 

のせいで、見えなくなっていくのだと思います。

 

人間は、自分が自分を見ている感覚があります。

 

それで、判断を持ったり、人格、自己意識が生まれます。

 

自由な意思とこの考えられる頭のおかげです。

(子どもの頃は、この2つが発達していないから、宝石を感じられるの)

 

でも、そのおかげで、宝石があることを忘れてしまうのです。

 

でも、だからこそ、私たちはこの世を生き、自分の役割を果たし、喜び、悲しみ

 

を味わう事ができる。

 

大人になって宝石の存在を知ることで、渦の中に巻き込まれずに、ゆうゆうと

 

この世を泳いでいけるのかな〜なんて思いました。

 

 

宝石を見つけて、磨いていく為の具体的な方法をヨーガとアーユルヴェーダは

 

何千年も前から、直観と伝授によって授かり、説いています。

 

この本を読んで、「やっぱりヨガとアーユルヴェーダってすごいな〜」

 

と思いました。(結局、いつもここに繋がるww)

 

そして、自分のしていることに少しだけ、誇りのようなものを持てました。

 

お金や名誉、役割、結果ではなく、そう思えることは、とても嬉しいことです。

 

よしもと ばななさん、この本を手に取るきっかけを与えてくれたTさん

 

ありがとうございます。

 

 

そういえば、高校生の頃「何でこんな意味の分からない本を読んでいるんだろう」

 

と思いながら、よしもと ばななさんの本をよく読んでいたことを

 

思い出しました(笑)

 

 

年を重ね、自分を取り巻く環境が変化しても

 

自分の中の宝石をいつでも感じられる「私」でありたいものです。

 

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